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2007年3月12日 (月)

映画『パフューム-ある人殺しの物語』を観ました。

こんにちは(*^^)v

3月4日日曜日「パフューム -ある人殺しの物語」を
見に行ってきました。

別の作品を観に行った時、映画館の予告で
この映画の存在を知り、その足で原作を買い
前にもお話しましたが
先に読んでありました。

やっぱり、映画と小説は別の作品だとおもったほうがいいですね。

頭の中のイメージが全然違うから。

小説は自分の中の経験であんな感じととらえるし、
なるべく具現化したくない部分については
さらりと流せる。
少々長くなっても時間的制約がない。

映画は画像として表現できるところは目に入ってきて
文章では??だったところが
非常に分かりやすい。
音楽効果で高揚もするし。
でもこの部分はちょっと・・・とおもうところも
はっきり分かるのでイメージから逃げられない。
固定されてしまう。

ということで
今回の「パフューム」は
主人公グルヌイユの悲惨な出生部分から始まりますが
もうその部分はがっちり映像化されていて
「ううっ」となっちゃいました。
目をつぶっても音が聞こえるし~
助けて~~でした。
でもそんな環境で生まれ、育っていったからこそ
あんなことになってしまったのでしょう。
とわかる。

持って生まれた才能がゆえに
それに縛られ、探求していくグルヌイユ。
それしか彼には見えないし、感じない。
人間としての生きかたなんて彼にはないんだなあと。
ただあるのは究極の香りを永久に保存しなくてはならないという
気持ちだけ・・・。

と、最初はおもっていたのですが、
究極のパフュームを身につけ
処刑台に現れて、大勢の見物人たちに
香りが届き、その様をみたグルヌイユが
本当に欲しかったものの描写が映画の中では
出てきます。

ここの部分は原作と違う点だと
(容姿の点も原作とは違うので
この点もあわせて)、グルヌイ役をやっている
ベン=ウィショーが語っていました。
(プログラムより)

人間に対して正反対の心の動きをする
原作と映画、どちらがグルヌイユにとって
よかった・・・というか
見る側にとっては
やっぱり映画にするのなら
原作のままだと悲しすぎちゃうなー。

やっぱり人間には「」が必要なんだなーと。

(ちょっとネタばれなので気になる方は上の「」内を
選択してみてください。やらなくても大体わかっちゃうけど^_^;)


「香り」という五感は映画では観客に同一なものを
届けることはできませんが
(そういう設備がある館はあるとおもいますが
絶大な支配力のある究極の香りがそもそもどんな香りなのか
まだわかってないだろうし)
台詞だけでなくナレーションを使ったり
BGMに香りのイメージを写したり
「まるでこんな場所にいるかのように」と映像で表現したりしていました。

とっても難しく、
苦労したとおもいます。

天才の苦しみ悲しみを扱った他にもたくさん作品はありますが
これは非常に分かりやすい映画だとおもいます。

でもやっぱりやっちゃいけないよ、人間として。
ということが出てきますから。
全肯定はしません。

なんだか、またわけのわからん感想でごめんなさい。

グルヌイユ役のベン=ウイショーは髪が長いほうが
かっこいい。

宣伝になんで桜塚やっくんや陣内友則とか
若手芸人を配置するんでしょうか??
イメージ違うんですけど(@_@。
話題性のある人つかえばいいわけじゃないと思うけどな。

「ナイロビの蜂」の江原さんもなぜ?と思いましたが
それ以上の謎だった。

ではでは。

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