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2010年2月 8日 (月)

三遊亭円朝 作 『怪談 牡丹燈籠』を読んだ

こんにちは(*^^)v

ここ数日寒かった・・・・
職場が遠くなり、職場周辺と自宅周辺では少なくても3℃ぐらいは違うと
思っている今日この頃・・・。
自宅周辺のほうが3℃低いです・・・。

しかい職場の建物がかなり古く、隙間風と部屋の1階部分が
駐車場&物置となっていてふきっさらし(2階以上が宙に浮いている形状の
建物はなんていうんですか^_^;)のため、
底冷えがするんです。

ぶるぶるしながら仕事しています。

さてさて、

ぶるぶるつながりで、『怪談 牡丹燈籠』を2010年100冊読書の9冊目とします。
(非常にムリがありますが。)

怪談 牡丹燈籠  岩波文庫 Book 怪談 牡丹燈籠 岩波文庫

著者:三遊亭 円朝
販売元:岩波書店
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この本を読むきっかけとなったのが
たまたま観た
NHKデジタル教育3の
「Jブンガク」という番組の

荒井了意『伽婢子』の項で「牡丹燈籠」が紹介されていて
四谷怪談も読んだし、「読んでみよう!」と。

NHKの「Jブンガク」5分番組ですけど
とってもいいですよね!(再放送だけど)

私が読んだ「牡丹燈籠」は三遊亭円朝の作。
時代は幕末から明治にかけての落語家です。
文言一致体での出版のさきがけの方なんですよね??
この頃の作品がめちゃめちゃ苦手の私でさえ、
調子よく読むことができて
非常に「円朝さんありがとう!!」と叫びたくなりました。

実際円朝が高座で話すのを2人で速記したもので
シナリオのようになっています。

もともとの原本は中国のお話→
日本で 荒井了意 『伽婢子』→それに牛込の旗本の家で起こった
出来事を加えて円朝が創作したもののようですね。

幽霊は出てくるんですけど
悪事のきっかけとして使われているような気がしましたので
ファンタジックな感じは全然。

四谷怪談のほうが幽霊としては怖いかも。

私が前回よんだ四谷怪談とは形態がちがうので
比較にならないとは思うんですけどね。

実際、高座で聞いたらすごく怖いかもしれません。

それはさておき、

私の想像を超えて
これは本当に人情噺でした。
途中で
不覚にもうるっと泣いてしまいました。

旗本の飯島平左衛門とその草履取りとして奉公している
孝助の心のやり取りがすばらしくて。

人間、こうじゃなくちゃいけませんぜ。
なんてね。

悪知恵のはたらく不届千万なやつらが
いっぱい出てきてそのたびに
「まあ!こいつもかい。」と思うんですけど
最後は当然のごとく、痛い目にあうんですが
最後の最後まで悪いやつは悪いねえ。

お、昔話の要素の1つ、
「悪いやつは話の最後まで悪いやつ。」が
ここでもあわれていますねえ。

現実の世界では反省して再起する方も
もちろん大勢います。
そうでないと大変なことになります。

が、お話の中ではそうはいかないのです。

どんなに怖くてひどい人や動物、
想像上のものが出てきて、悪さをし尽くしても
成敗されて、かたがちゃんとつき
「もう大丈夫。ああよかった」と安心すると
「このお話は作り話なんだ、本当のことじゃない。」と
心の安定、そしてこの怖かった空間から
現実の世界に戻って来られるから
そうなっているということらしいです。

三匹のこぶたも
最終的にはこぶたが狼を食べて
もう、二度と狼はやってくることはありません。

という終わり方が本当です。

残酷だから・・・といって
「狼は『もうしないよー』といって逃げていきました。おしまい」だと
「狼、またこぶたのところにくるんじゃないの??」という
不安を残すので
聞き手、特に昔話の聞き手は
子どもが圧倒的に多いでしょうから
ここでこの中途半端なお話を読むことでますます、不安になる。ということと
教わりました。

ここで大事なのは
「聞き手はこぶたの側に完全に自分を沿わせていないといけない」
ということだと思うんです。

少しでも狼側に立つと
「狼だって言い分はあるだろう」ってことになってしまい
お話が成り立ちません。

だから、お話に出てくる悪者は徹底的に悪くて
もうかわいそうだなんてこれっぽっちも
思えないほど悪くないといけないのです。


・・・・「牡丹燈籠」が「さんびきのこぶた」pigに・・・・・coldsweats01

最近の小説もたくさん興味を引くものがいっぱいありますが
(東野圭吾の新作『カッコウの卵は誰のもの』が
現代の作品で今私の中で一番読みたいの。
買うと高いから躊躇しています。図書館はきっと予約数いっぱいだろうしなあ)

日本史に出てくるような古典やら
ちょっと昔の日本文学にもチャレンジだあ。

ただ、やっぱりネックは「否、文言一致体」・・・・。
古文、超苦手です。shock

というわけで、

脱線に脱線を重ねた『牡丹燈籠』でした。

元になった
『伽婢子』も図書館から借りてきて手元にあるのですが
岩波書店 新日本古典文学大系なので
もう目がチッカチカです。

もっと古文勉強して見慣れておくんだったー。
苦痛。

ではでは。
 

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